
結論から言うと、おせちは全部作らなくていい。
むしろ、全部作らないほうが正月をちゃんと休める気がする。
これは最初から「手抜きでいい」と思っていた人間の意見ではない。
レシピ本を広げて、買い出しをして、初心者なりに全部作ってみた結果、3日間ほぼキッチンから出られなかった人間の実感だ。
\いろんなおせちを比較してみたい人は/
- おせちを自分で作ろうと思った理由
- 簡単なものと、地獄のように大変なもの
- レシピ通りに作っても、初心者は3日かかった
- 全部作らなくても、やっぱり大変だった
- おせちはなぜ全体的に塩辛いのか
- 「正月に主婦を休ませる料理」という建前について
- 「もう二度とやらない」と思うのに、また作りたくなる理由
- いまからおせちを考える人へ(現代向けの最適解)
おせちを自分で作ろうと思った理由

正直に言うと、市販のおせちを買う選択肢は最初からあった。
Amazonや楽天を見れば、一人用・二人用のおせちも普通に出てくるし、レビューを眺めていると「これで十分じゃないか?」とも思った。
それでも「一度くらいは全部やってみよう」と思った。
理由は単純で、やったことがないものを、分かった気になりたくなかったからだと思う。
当時作ったおせちの写真も、いまでも2種類ほど残っている。
見返すと、正直ちょっと誇らしい。
簡単なものと、地獄のように大変なもの

実際に作ってみると、
「おせちは大変」という一言では片付けられない差があった。
かまぼこ・なます・酢れんこんは正直ラクだった
かまぼこは切って盛るだけ。
少し飾り切りをするだけで、一気に正月感が出る。
なますや酢れんこんも、基本は切って和えるだけ。
このあたりは、クラシルやキッコーマンのレシピ通りに作れば
初心者でも特につまずかないと思う。
「これなら来年もやれるかも」
そう思えたのは、たぶんこのゾーンだけだった。
黒豆・煮しめ・里芋・タコは完全に別世界だった

黒豆、煮しめ、里芋、タコ。
ここから一気に世界が変わる。
共通点は、火から離れられないこと。
アクを取り、吹きこぼれを気にし、硬さを確認する。
特に黒豆は、「電気圧力鍋があれば楽なのかな…」
と、途中で何度も思った。
気づけば、「今日は一日、何かを煮込んでいた」
という記憶だけが残る。
レシピ通りに作っても、初心者は3日かかった

レシピ自体はどれも親切だ。
分量も工程も、ちゃんと書いてある。
ただ、初心者には同時進行が難しい。
鍋は足りないし、ガスコンロも空かない。
結果、
・一つ煮る
・待つ
・次に進む
これを繰り返すことになる。
一番きつかったのは、レシピに書いていない「時間の拘束」だった。
全部作らなくても、やっぱり大変だった

さすがに途中で「全部は無理だ」と判断した。
数の子は出来合いを買い、昆布巻きもスーパーのものに頼った。
正直、味は十分だった。
成城石井やイオンの惣菜コーナーで売っているものでも、
おせちの一角としてはまったく違和感がない。
それでも、作業期間は2〜3日。
「取捨選択しても重労働」という感覚は変わらなかった。
おせちはなぜ全体的に塩辛いのか

実際に作ってみて感じたのは、これは「美味しさ」より「保存」を優先した料理なんだろうな、ということだった。
冷蔵庫がなかった時代なら、塩分が高くなるのも自然な設計に思える。
いま食べると少し濃く感じるのは、時代が変わっただけなのかもしれない。
「正月に主婦を休ませる料理」という建前について

おせちは「正月に主婦を休ませるための料理」とよく言われる。
実際に作ってみると、その考え方自体は理解できる。
ただ現実は、年末に労働を全部前倒ししている。
だから今、Amazonや楽天のお取り寄せおせちに頼るのは、
文化の否定ではなく「現代版の合理化」なんじゃないかと思った。
「もう二度とやらない」と思うのに、また作りたくなる理由

作り終わった直後は、「もう二度とやらない」と本気で思った。
それなのに年末が近づくと、「今年は少しだけ作ろうかな」と思ってしまう。
達成感と、年末の空気と、たぶん人間のバグなんだとおもっている。
いまからおせちを考える人へ(現代向けの最適解)

全部手作りするのが好きな人もいる。
それを年末の行事として楽しめる人もいる。
これは「どちらが正しいか」の話じゃない。
自分の体力と時間に合った形を選んでいい、という話だ。
・簡単なものだけ作る
・煮物は単品おせちに頼る
・全部ネットで頼む
Amazonや楽天で一人用おせちを頼むのも、正月をちゃんと休むための、立派な選択だと思う。
来年は、もう少し肩の力を抜いたおせちでもいいかな。
そんなことを考えていた。
\いろんなおせちを比較してみたい人は/
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