ベル雑記

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幸せを感じやすい人の特徴とは?小さな幸せで満たされてしまい、稼げない僕の話

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「いつ幸せになれるのか」と悩みながら毎日を過ごしている人がいる一方で、些細なことで「もう十分幸せだ」と感じてしまう人もいる。僕は完全に後者のタイプで、キャンプ場でカップ麺を食べているだけで「ああ、生きててよかった」と思えてしまう性格だ。

 

最近、そんな自分が「幸せを感じやすい人」なのだと、はっきり自覚するようになった。それ自体は悪いことじゃない。でも、ビジネスという文脈で考えたとき、この性格が成長を妨げているのかもしれない、という問題に気づいてしまった。

 

小さな成功で満足してしまう。承認されるだけで「もう十分だ」と感じてしまう。その結果、「もっと欲しい」という飢えが弱く、爆発的に伸びるエネルギーが不足しているのかもしれない。この記事では、幸せを感じやすい人の特徴と、それがビジネスにどう影響するのかを、僕自身の体験をもとに書いてみたい。

 

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幸せを感じやすい人の特徴とは何か

幸せを感じやすい人の特徴を一言で表すなら、「少ないもので満たされる」ということだと思う。高級レストランや高価なものがなくても、日常の小さな瞬間に喜びを見つけられる。感謝の気持ちを持ちやすく、ポジティブに物事を捉える傾向が強い。

 

一方で、幸せの感度が低い人というのは、決してネガティブなわけではなく、「まだ足りない」「もっと上を目指したい」という感覚を持ち続けられる人のことだ。現状に満足せず、常に次を求める。その姿勢が、ビジネスでは大きな推進力になる。

 

幸せの感度が高い人と低い人の違いは、能力や性格の良し悪しではなく、「どこで満足するか」という基準値の違いだと僕は考えている。そして、ビジネスで大きく成長するには、ある程度「満たされにくさ」が必要なのかもしれない、という仮説が、最近の僕の中で少しずつ形になってきている。

 

なぜ人は幸せを感じるのか、なぜ僕は感じやすいのか

なぜ幸せを感じるのか、という問いに対して、僕なりの答えは「過去の経験が今を特別に見せてくれるから」だと思う。僕が幸せを感じやすい性格になった背景には、母親の影響と、幼少期の喘息の経験が大きく関わっている。

 

僕の母は、口癖のように「ありがとう」を言う人だった。コンビニでお釣りを受け取るときも、宅配便を受け取るときも、小さな親切にも、ほとんど反射的に「ありがとう」と返していた。

子どもながらに「そんなに毎回言わなくてもいいのに」と思うこともあったけれど、いつのまにか僕も似たようなことをしている。

 

幼少期の喘息が教えてくれた「息ができる幸せ」

そして、もうひとつ大きいのは、幼少期に重い喘息を患っていたことだ。息ができない、という経験を文字通りの意味で味わったことがある人は、たぶんそれほど多くないはずだ。

 

僕は子どもの頃、何度も夜中に発作で目を覚まして、空気を必死にかき集めるようにして呼吸をしようとして、それでも足りなくて、意識が遠のきそうになる感覚を覚えている。

 

あのとき、本気で「このまま死ぬのかもしれない」と思った。子どもながらに、そう覚悟しかけたこともある。それが今では、薬や成長の影響もあって、日常生活の中で喘息を意識することはほとんどない。深呼吸をしても胸が苦しくない。それだけで、「今は本当に幸せだ」と感じてしまう下地が、僕の中にはある。

 

「今が当たり前じゃない」という感覚

なぜ幸せと感じるのか。それは、「今が当たり前じゃない」と知っているからだと思う。息ができること、自由に動けること、美しい景色を見られること。そのすべてが、かつての自分にはなかった特権のように感じられる。

 

なぜ人は幸せを感じるのか、という問いに対しても、同じ答えが当てはまる気がする。人は、失いかけたものを取り戻したとき、あるいは「これがあって当然」という感覚から解放されたとき、深い幸福を感じるのだと思う。

 

僕はどのような時に幸せを感じるのか

では、僕は具体的にどのような時に幸せを感じるのか。いつ幸せを感じるかと聞かれたら、それはほとんどの場合、バイクでのロングツーリングや、自然の中で過ごしている瞬間だ。

 

夕暮れのキャンプ場で、お湯を沸かしてカップ麺をすすっているとき。山の中でインスタント味噌汁を飲んでいるとき。満天の星空の下で寝袋にもぐり込み、遠くで川の音が聞こえる夜。そういった瞬間に、僕は心から「ああ、幸せだな」と感じる。

 

何に幸せを感じるか──自然とカップ麺があればいい

何に幸せを感じるかと問われたら、「自然」と「シンプルな食事」と答えるだろう。高級レストランでのディナーも悪くはないけれど、正直なところ、星空の下で食べるカップ麺のほうが、満足度は高かったりする。

 

青空の下を走り、風を感じ、誰もいない道で一人静かに過ごす。それだけで、「もうこれで十分だ」と思ってしまう。フェラーリに乗りたいとか、タワーマンションに住みたいといった欲求が、あまり強く湧いてこない。

 

ロングツーリングと星空が教えてくれること

ロングツーリングに出ると、毎回のように「生きててよかった」と感じる瞬間がある。峠道を抜けて視界が開けたとき、夕日が山に沈んでいく瞬間、夜にテントから見上げる星空。どれも、お金をかけなくても手に入る幸せだ。

 

この「いつ幸せを感じるか」という問いに対する答えが、僕の場合はあまりにも簡単に見つかってしまう。そのことが、ビジネスという文脈では少し厄介なのかもしれない、と最近になって気づき始めた。

 

いつも幸せを感じる生き方は、本当に得なのか

いつも幸せを感じる生き方は、一見すると理想的に思える。不幸ではないし、日々の暮らしに不満もない。感謝の気持ちを持ちやすく、ストレスも少ない。心理的には、かなり健全な状態だと言えるだろう。

 

でも、ビジネスという視点で見たとき、この「いつも幸せを感じる」状態は、成長の燃料を生みにくいのかもしれない、という疑問が僕の中に生まれてきた。

 

幸せの感度が高いことの影の部分

幸せの感度が高いということは、少ないもので満足できるということだ。それは素晴らしいことだけれど、裏を返せば、「もっと欲しい」「まだ足りない」という強い欲求が生まれにくい、ということでもある。

 

ビジネスで大きく成長する人たちは、どこかで「このままじゃ嫌だ」「絶対にもっと上に行きたい」という強い飢えを持っている。その飢えが、努力を継続させ、リスクを取らせ、困難を乗り越えさせる。

 

僕には、その飢えが弱い。カップ麺でも幸せを感じてしまうし、月に2万円稼げているだけで「まあ、悪くないか」と思ってしまう。その感覚が、結果として、ビジネスでの伸びしろを制限しているのかもしれない。

 

幸せの感度が高い人は、なぜビジネスで伸びにくいのか

先日、YouTuberやブロガーをやっている数人で集まる機会があった。といっても、華やかなインフルエンサーのオフ会というより、地味めな作業好きがゆるく集まった勉強会に近い集まりだった。

 

そこで意外だったのは、僕の話を「すごい」と言ってくれる人が思ったより多かったことだ。僕は自分の発信での収益なんて、せいぜい月に2万円程度だと思っていたし、それを人に誇るつもりもなかった。

 

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月2万円で「すごい」と言われた話

だから、さらっと「いやいや、僕なんて月2万くらいですよ」と言ったのだけれど、それを聞いた周りが急にこちらに興味を向けてきた。「え、それ普通にすごくないですか」「どうやってそこまでいったんですか」「最初は何から始めました?」

 

そんなふうに質問が飛んできて、気づけば僕は、なぜか「教える側」のポジションに立っていた。自分から偉そうにしに行ったつもりはない。でも、相手が本気で聞いてくれると、人間ってつい真面目に答えてしまうものだ。

 

承認されて満たされてしまった自分

アドセンスの話、過去にバズった記事や動画の話、サムネイルやタイトルを決めるときに気をつけていること。僕なりに考えてきたことを、できるだけそのまま、包み隠さず話したつもりだ。時々「そこまで言って大丈夫なんですか」と笑われながら、気づけば2時間以上、僕はひたすら自分の経験や考えを話していた。

 

正直なところ、その時間はとても気持ちよかった。僕は普段、どちらかというと聞き役になることが多い。でもその日は、珍しく僕の話を真剣に聞いてくれる人がいて、何度も「なるほど」「勉強になります」と言ってくれる。そのたびに、胸のあたりがふわっとあたたかくなって、「ああ、承認されるってこういうことか」と、頭のどこかで冷静に理解している自分もいた。

 

帰り道、夜風にあたりながら駅まで歩いているとき、「今日は楽しかったな」と素直に思った。人と話すのはエネルギーを使うから、いつもはどこかで疲れを感じるのだけれど、その日は疲れよりも満足感が勝っていた。

 

情報を与える側になっていた違和感

ただ、家に帰ってお風呂に入り、ひと息ついたタイミングでふと我に返った。「あれ、今日は僕、何か学びを得たんだっけ?」と考えてみると、少しだけ胸の中がザワついた。

 

たしかに楽しかった。でも、あの時間で一番得をしたのは、もしかしたら僕自身ではなく、僕の話を聞いてくれた人たちだったのではないか。それに気づいたとき、僕は自分が「与える側」に回っていたことをはっきりと自覚した。

 

コンテンツの世界は、結局のところ同じ土俵で戦っている部分がある。僕が話したアイデアや考え方をきっかけに、彼らが成長し、僕を追い抜いていく未来だって十分にありえる。そう考えると、あの場で笑顔でぺらぺらと喋っていた自分は、商売人としては少し甘いのかもしれない。

 

「能力の問題ではなく、燃料の違い」という整理

でも、その甘さみたいなものは、たぶん僕の根っこの性格と強くつながっている。人に感謝されることで幸せを感じるし、誰かの役に立つことにやりがいを覚える。それは悪いことじゃない。

 

ただ、それがビジネスの成長とは必ずしも直結しない、というのが、今回気づいた厄介な部分だった。僕には「能力がない」わけではなく、ただ「燃料が違う」のだと思う。フェラーリに乗りたい、羨ましがられたいといった欲求ではなく、「誰かの役に立ちたい」「感謝されたい」という欲求で動いている。

 

その燃料でも前には進める。でも、爆発的なスピードは出ない。幸せ 感じやすい人は、その傾向が強いのかもしれない。

 

幸せの感度が低い人と、どっちが幸せなのか

ビジネスの世界で爆発的に成果を出している人たちの話を聞くと、やっぱりどこかで「もっと欲しい」「まだ足りない」という強い飢えを感じることが多い。お金そのものが欲しいというより、「今の自分を超えたい」「この状況をぶち壊したい」といったエネルギーだ。

 

その視点で考えると、もしかしたら「幸せの感度が低い」と感じている人のほうが、ビジネスでは有利なのかもしれない。満足しにくいからこそ、次へ次へと進んでいけるし、小さな成功で立ち止まることもない。

 

優劣ではなく、生き方の違い

では、どっちが幸せなのか。この問いに対して、僕は「優劣ではなく、生き方の違い」だと答えたい。大きく稼いで自由を手に入れる生き方も幸せだし、小さな幸せを積み重ねながら生きる道も幸せだ。

 

どっちを選んだら幸せになれるか、という問いそのものが、実はあまり意味をなさない。なぜなら、どちらを選んでも、その選択に納得していれば幸せを感じられるし、納得していなければ不満が残るからだ。

 

大切なのは、「自分がどんな燃料で動いているのか」を理解した上で、それに合った生き方を選ぶことなのだと思う。

 

このまま過ごすか、立ち止まって考えるか

ただ、ここで一つ問題がある。「自分の燃料を理解する」と言っても、一人で考え続けているだけでは、なかなか答えが見えてこない、ということだ。

 

僕自身、今こうして記事を書きながら、「自分は幸せを感じやすい性格だから、ビジネスでは伸びにくいのかもしれない」という仮説を立てている。でも、これが本当に正しいのか、それとも単なる言い訳なのか、正直なところ自分でもまだ確信が持てていない。

 

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何も決めないまま時間が過ぎることのコスト

いつ幸せになれるかと問われたら、「もうなっている」と答えたくなるくらい、今のままでも十分に満ち足りている、と感じる瞬間は、これからも何度も訪れると思う。それはそれで、きっと悪くない。

 

ただ、その間にも時間だけは確実に過ぎていく。自分一人で考え続けながら、「まあ、そのうちやればいいか」と思っているうちに、気づけば数年が経っていた、ということも普通にありえる。

 

何も決めないという選択も、実は「今のまま進む」という選択をしているのと同じだ。そして、その選択にはコストがかかる。時間という、取り戻せないコストだ。

 

迷っている今の自分をそのまま出す

僕は今、この問題に対して明確な答えを持っていない。「このままでいいのか」と思う自分と、「でも今も十分幸せだし」と思う自分が、いつも綱引きをしている。

 

その揺れを隠すつもりはない。むしろ、この揺れこそが、幸せを感じやすい人がビジネスと向き合うときに抱える、リアルな感情なのだと思う。

 

コーチングという選択肢を、僕がまだ迷っている理由

ここ最近、そういう自分の性格とビジネスの伸びしろの関係を考える中で、「コーチング」というサービスの存在が気になるようになってきた。正直に言うと、僕は今まで一度もコーチングを受けたことがない。

 

だから、「コーチングは素晴らしい」みたいなことを断言するつもりもないし、できもしない。ただ、「もし受けたとしたら、自分はどう変わるんだろう」という想像はよくする。

 

受けた場合の未来(予想)

おそらく、まずは自分の価値観を言語化する手伝いをしてもらえるのだろうと思う。何に幸せを感じるか、どんな時に幸せを感じるか、そしてなぜ幸せと感じるのか。そういったものを、対話を通して掘り出していくイメージがある。

 

そうやって自分の内側が整理されてくると、意思決定も少しはスムーズになるのかもしれない。「これはやる」「これはやらない」の線引きが、今よりもはっきりしてくるだろうし、「与えること」と「自分を成長させること」のバランスも、もう少し意識的に選べるようになるのかもしれない。

 

受けない場合の未来(今の延長)

一方で、「受けない」という選択肢をとった場合の未来も、なんとなく想像がつく。今と同じように、ロングツーリングに出かけては自然の中でカップ麺を食べて、「ああ、幸せだ」と感じる日々。

 

それはそれで、きっと悪くない。今のままでも十分に満ち足りている、と感じる瞬間は、これからも何度も訪れると思う。ただ、その間にも時間だけは確実に過ぎていく。

 

お金を払わない選択もコストという視点

お金を払わない選択は、一見「コストゼロ」に見えるけれど、「自分で迷い続ける時間」を使い続けるという意味では、別の形のコストを支払っているとも言えるのかもしれない。

 

お金を払ってでも誰かと対話したほうがいいのか、それとも、これまで通り一人でノートに書き出したり、バイクで走りながら考え続けるのか。どちらが正解かは、まだわからない。

 

まとめ

どちらを選ぶにせよ、僕が今感じているのは、「幸せを感じやすい性格」そのものは変えたくない、ということだ。自然の中での小さな喜びに気づけなくなるくらいなら、たぶん僕はビジネスで成功しなくてもいい、と思ってしまうところがある。

 

でも、その一方で、「もっと伸びしろを試してみたい」とか「今よりもう少しだけ遠くまで行ってみたい」という欲も、確かにどこかにある。幸せを感じやすい人はダメじゃない。ただ、同じ戦い方をしなくていい。

 

大切なのは、自分の感度を理解した上で、選択することだと思う。

 

あなたがもし、周りから見れば「すごい」と言われることがあるのに、自分では「いや、たいしたことない」と感じてしまう瞬間があるなら。小さな幸せで満足してしまう自分と、もっと先へ行けるはずだと感じている自分のあいだで、揺れている部分があるなら。いったん立ち止まって、自分がどんな「燃料」で動いているのか、静かに見つめ直してみてもいいのかもしれない。

 

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