ふ以前からずっと読みたいと思っていたキャッチャー・イン・ザ・ライ(ライ麦畑でつかまえて)を読了した。
簡単な内容は16歳の少年ホールデン・コールフィールドが親元を離れてある学校に行っていたんだけども落第し退学させられる
そして実家に帰るまでの3日間、ニューヨークを放浪する
彼の思い出を思い出しながらホールデン自体が読者に語りかけるように文章化されている
16歳、思春期にありがちな嘘とか本音と建前とかそういったものをひどく嫌い、性やセックスに強い興味をもつどこにでもいる少年
本の7割から8割はとにかく 「こうゆう奴は嫌い」 「ダサい」 等の自分以外のほとんどの人間を否定していて読み進めるのにかなり精神を消耗した。
大体の小説っていうのは主人公の気持ちになりきる事で作品の中で起きる出来事を共感したような気持ちになったりして擬似的な感動を得られたりする。
でも、このホールデンはことごとく出会った人の悪いところにばかり目が言ってしまう。
その結果、喧嘩して別れたり・・・そんな事ばかり
ホールデンに寄り添ってこの本を読み進めると心がしくしく辛くなって、途中からは諦めてホールデンでも読者でもないそのやりとりを外から見ている傍観者的な立場でしか読めなかった
でももし、僕が16歳であれば、ホールデンになりきり、同じ悩みを共感してどっぷりと本の中に吸い込まれたのかもしれない・・・
とにかく”名作だから”と言う理由だけでなんとか後半部分にまで差し掛かる。そこでホールデンが唯一”素直に大好きだと思える人物”に再開。
そこから急にこの本が(面白い!)と思えるようになり、最後まで一気に読み進められた。
この本の一番の印象的なシーン
ホールデンの夢
「自分は、広いライ麦畑で遊んでいる子どもたちが、気付かずに崖っぷちから落ちそうになったときに、捕まえてあげるような、そんな人間になりたい...」
この言葉の意味が良く分からなくて、読み終わった後に何度も何度もこのシーンを読み返した。
(なんでライ麦畑の横になんで崖っぷちがある事になってるんだろう?ただ、広場で遊んでる子供が崖っぷちに落ちないようにキャッチする設定でもいいのでは?)
そう思った。
(”ライ麦”になんか意味があるのかな?)
表紙に書いている言葉
” The Catcher in the Rye ”
それを見て
(ひょっとしてこのRyeはライ麦のRyeではなくって、嘘=Lieじゃないの?)
と、思えてきた。
大人の世界 → 嘘や建前だらけ → 嘘の畑
嘘だらけの大人の世界に迷い込んだ子供が心を病んでどん底に落ちないようにキャッチしたい。
ホールデン、いやサリンジャーがそう、言っているのかな・・・
作中のホールデンは英語や文章作りだけは特別の才能を持ち、とても裕福な家庭に生まれた少年
一方、ユダヤ人とスコティッシュの間に生まれた小説家、恐らく貧乏な家庭では無いであろうサリンジャー・・・
どう考えても ホールデンはサリンジャー本人なんだと思う
サリンジャーが思春期の時に感じた社会に対しての憤りがふんだんにこの本に詰められている?
ジョンレノンを暗殺した犯人とレーガン大統領を暗殺した犯人
二人ともにこの本を愛読していたらしい
この本の事を違った解釈をすると
”この間違った社会を正せ!!”、
そう言っているようにも取れるのかもしれない
読み終えたあとにも中々寝付けない
そういった不思議な本だった
また何年後かに読み返してみようと思う
おしまい
キャッチャー・イン・ザ・ライ (ペーパーバック・エディション)
- 作者: J.D.サリンジャー,J.D. Salinger,村上春樹
- 出版社/メーカー: 白水社
- 発売日: 2006/04
- メディア: 新書
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